2026/08/17

Chris Hunter ('86)

またひとりサンボーンのぱちもんが

A1Strollin' Down to Beauzo'sB1I Can't Help It
A2Georgia on My MindB2Good Clean Fun
A3RespectB3America the Beautiful
A4Purple Rain
 手がクリームパン、というユニークな名前の歌手、ご存知ですか。
 私たちファンは親しみを込めて「クリパンちゃん」と呼びます。

 なので本稿の主役、英国人サックス奏者クリス・ハンターのことは、せっかくだからクリハンちゃんと呼ばせていただく。ご了承下さい。

 ロンドンで活躍していたクリハンちゃんを、ギル・エヴァンスが「アメリカに来いよ」と誘ったらしい。
 本国イギリスでは向かうところ敵なしの凄腕プレイヤーだったクリハンちゃんも、やはりジャズの本場ニューヨークで自分を試したかったのでしょう。このへん、ジャンルは違えどアメリカへ渡って大リーグで勝負しようとした野茂と、チャレンジ精神は同じなのかもしれませんね。

 イギリス時代にクリハンちゃんは、ローカルなレーベルから地味なアルバムを出していました。それらはなかったことにして、メジャー・レーベルのアトランティックが全世界へ向け、大々的に売り出します。実質的なデビュー・アルバムとなったのが本作。

 プロデューサーはドン・セベスキー。スタジオはヴァン・ゲルダー・スタジオ。なおこの頃のヴァン・ゲルダー・スタジオは、マイルスがマラソン・セッションをしていたスタジオとは別もの。
 当然ながら録音技師はルディ・ヴァン・ゲルダーです。音楽の内容はともあれ、彼の録音だったら聴いてみたいな、とそそられる人は少なくないでしょう。キャメラが宮川一夫だと、どんな映画だかわからなくてもとりあえず見てみたい、そういう映画ファンの気持ちに近いのかも。

 プロデューサー、スタジオ、エンジニアそして集められたミュージシャンの顔ぶれから、何かが見えてきませんか。
 そう、これは昔の仲間が集まった、70年代CTIセッションの同窓会です。しかしクリード・テイラーはここにいません。恩師のいない同窓会。
 じゃあCTはどこで何してんだよ、って心配になっちゃいますよね。この時期CTは、借金取りから逃げるのに必死で、音楽活動どころではありませんでした。

 制作したセベスキーは、なかなか思慮深い人のようです。本作の選曲に、その一端が窺えます。

 当時の音楽シーンがどのような状況にあったか、少し説明しましょう。
 ブラック・コンテンポラリーの世界は、マイケル派とプリンス派に分断されていました。大物ふたりは業界における立ち位置の近さゆえか、お互いライバル意識をむき出しにします。その結果、双方のファンが敵対し、相手をくさし合うという不毛な(でも楽しい)小競り合いを続けていたのです。
 この分断抗争は、どちらにも肩入れしない音楽関係者やファンにとっては、面倒くさいものでした。片方にすり寄ると、もう片方から攻撃されかねないのですから。
 というわけで、人々は踏み絵を迫られました。マイケルにつく者、プリンスにつく者、そして態度を明確にせず、両方にいい顔をする者。

 泡沫のような音楽人たちはリスクヘッジのため、どっちつかずの立場を取るしかありません。
 セベスキーは自分も含めた旧CTI人脈が、どちらかの人質になることを危惧しました。そこで本作において、マイケルもプリンスもカバーすることに決めます。「オレたち中立ですよ」と旗を掲げたのです。
 クリハンちゃんの記念すべき世界デビューを、くだらねえ分断抗争の燃料にされちゃたまらねえ、そう考えたのでしょう。

 プリンスのA4とマイケルのB1、どちらもえらく上出来です。そりゃそうでしょう。どちらか一方が不出来だったら、またややこしいことになっちゃうもん。
 クリハンちゃん、何せこれから世界へ飛び立つのです。分断抗争でさえ踏み台にしてやるよ、そういう気概さえ感じます。
 マイケル派の私でも、A4にはシビれました。

 それら以外のトラックも全編、クリハンちゃんの実力が存分に発揮された本作。申し分ない世界デビューとなりました。

 ただしこの時代、サックス・フュージョンを売り出そうとすると世間から「やれやれ、またサンボーンのぱちもんですか」みたいな反応をされてしまうんですよね。もちろんクリハンちゃんとて、そのあたりは覚悟の上だったことでしょう。

 ハイラム・ブロックのアルバム"Give It What U Got"のオーラスで、クリハンちゃん、サンボーンのサックス・ソロの伴奏をしています。サンボーンのぱちもんが、サンボーンの引き立て役に回ってしまった図。
 それでも悔いはなかったと思うよ。イギリスのナンバー・ワンで終わるより、叶わぬ相手がゴロゴロいるニューヨークでさらに腕を磨きたかったんだから。本望でしょう。

 ところで80's洋楽の分断抗争といえば、マイケル対プリンスだけではありません。

 マドンナとシンディ・ローパーも、同じような対立構造でした。そしてマイケル対プリンス同様、面倒くさいものでした。
 アル・ヤンコビックの『ウイヤード・ワールド』というアルバムには、マドンナとシンディ・ローパー、双方のパロディがあります。アルは当初マドンナだけにするつもりだったのに、突き動かされるものを感じ、急遽シンディもパロったのだとか。
 パロディでメシを食っているアルの芸能活動は、業界関係者を敵に回さないことで成り立っています。だから何としても、踏み絵を回避しなければならなかったのでしょう。あーめんどくせえ。
★★★

Recorded May and June 1986 at Van Gelder Recording Studio, Englewood Cliffs, N. J.
Engineered by Rudy Van Gelder
Mastered by Sam Feldman at Atlantic Recording Studios, New York, N. Y.
Photography by David Kennedy
Art Direction by Bob Defrin

Produced and Arranged by Don Sebesky
Executive Producer: John Snyder

Personnel
Chris Hunter: Alto Saxophone
Hiram Bullock: Guitar
Richard Tee: Piano
Steve Jordan: Drums
Anthony Jackson: Bass (A3, A4, B1, B3)
Darryl Jones: Bass (A1, A2, B2)
Clifford Carter: Synthesizers
Joe Bonadio: Percussion
David Nadien: Concertmaster

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