2023/06/23

Oscar Peterson / Travelin' On ('69)

A1Travelin' OnB1Sax No End
A2EmilyB2When Lights Are Low
A3Quiet Nights
 長時間露光で撮った夜のワインディング・ロードが絵になる、じつにビューティフルなジャケット・デザインです。おっさん顔がジャマや。
 左下のあたりをごらん下さい。何やら書いてありますぞ。

 どうやら「友だち限定」と謳っているようです。どういうことでしょう。

 MPSの総帥ハンス・ゲオルグ・ブルナーシュワはオスカー・ピーターソンをしばしば自宅に招き、ピアノを弾いてもらってはお小遣いをあげていたようなのです。金持ちの道楽ってやつですな。

 ブルナーシュワシュワのホーム・パーティにやって来た人々は、世界的な名ピアニストが私的に、自分たちのためだけに演奏してくれたことに、大興奮しました。
 この「自分たちのためだけに」が、パーティ客の特権意識を快くくすぐったことは、想像に難くありません。

 どこか選民思想のニオイがする一方で、白人上流階級が黒人ピアニストを仲間として受け入れ、愛玩する寛容さもあって、そこいらへんの複雑さ、混迷っぷりが戦後ドイツのひとつの断面なのでしょうかね。

 ともあれ、ブルナーシュワッチが主催するパーティの座興として、ピーターソンはたいへんな人気者になります。
 せっかくだからベーシストとドラマーも呼んで、トリオ編成でやりましょう。ついでにテープレコーダーを回しましょう。そういう経緯で生まれたのが本作。

 そもそも「友だち限定」なのだから、世に出す必要なんてありません。ダビングしたテープを関係者に配ったら、それでおしまいだったはず。
 なのにどういうわけか世界中、広く、遍く販売され、友だちでも何でもない私の手にまでも転がり込んでしまった次第。

 以前"Light, Airy and Swinging"の項で書いた通り、私は"Emily"という映画主題歌にすっかり打ちのめされてしまいました。友だちでもないのに本作に手を出してしまったのは、ひとえにA2を聴きたかったからです。
 うむ、さすがはピーターソン。バラードも一級品です。鍵盤の皇帝はまじもんだ。

 さて、ピーターソンに限らずジャズの世界では、こういう私的な、関係者しか入れないようなセッションが、いくらでもあったと思われます。
 レコードやコンサート、ナイトクラブでの仕事だけがジャズメンの全てではありません。旦那衆の寄り合いに呼ばれ、座興として演奏することもジャズメンの重要なシノギなのです。

 関係者オンリーの私的な集まりで、ジャズ界がひっくり返るくらいの、それこそ『バードランドの夜』を凌駕するような凄まじい演奏が繰り広げられていた可能性は、大いにあります。しかし本作のように録音が残っていることは稀有でしょう。せいぜい居合わせた関係者が「たまげたなあ」とか感嘆して、それっきり。
「音楽は揮発して、回収できまへん」とのたまったエリック・ドルフィーの名言そのまんま、千の風になって大空に吹きわたることになります。

 アドリブ主体の、一回性がキモであるジャズという音楽は、爆発する場所を選びません。レコーディング・スタジオやコンサート会場とは限らないのです。
 ファンやマスコミのつゆ知らぬ、富裕層主催のプライヴェート・セッションで、甚だしい大爆発があったのなら、それはそれでとてもジャズらしい。そんな気がします。
★★★

The Oscar Peterson Trio
Oscar Peterson: Piano
Sam Jones: Bass
Bob Durham: Drums

Recorded in the Private Studio of Hans Georg Brunner-Schwer
Recording Director: Hans Georg Brunner-Schwer
Recording Engineer: Hans Georg Brunner-Schwer
Liner Notes: Leonard Feather
Cover Photo: Hubertus Mall / Sepp Werkmeister
Design: Hans B. Pfitzer, WFV

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